かなたの雑感記録

適応障害、妊活、読書、音楽鑑賞、運動などの個人的な雑感を記録しています。

妊活を始めてもう2年3ヶ月…

今回のテーマは妊活です。

こんにちは。かなたです。

 

妊活を始めて

2年3ヶ月が経ちました。

 

産婦人科に通い始めて

9ヶ月が経ちました。

 

人工授精を始めて

3ヶ月が経ちました。

 

最初の化学流産から

1年6ヶ月が経ちました。

 

2回目の化学流産から

6ヶ月が経ちました。

 

なかなか妊娠できませんね。

 

もっと早く病院に行けば良かったかな、と

少し後悔しています。

 

とは言え

病院で治療できるような

問題が何一つ見つかっていないので

病院に通うことに意味があるのかは

よく分かりませんが。

 

妊活を始めて

6ヶ月目くらいのときに

一度

「念のため」と思って

病院に行ったのですが

その時は

予約をしたにも関わらず

延々と3時間くらい待たされた上に

女性の先生を予約したはずなのに

なぜか男性の先生で

しかも 

生まれて初めての内診で

かなりショックを受けたのを覚えています。

 

不妊治療専門の病院でもなかったので

周りは妊婦さんばかりで

待ち時間もかなり

居たたまれない気持ちになりました。

 

先生には

まだ20代だし

内診で分かる範囲では問題ないよ、と

言われました。

 

私も

仕事で疲れているのに

せっかくの休日を

病院の待合室で潰すのは

嫌だと思ったので

それっきり

病院に通うのはやめてしまいました。

 

まだ妊活を始めて半年だったので

あんなに嫌な思いをしてまで

「念のため」の検査はしたくない

と思いました。

 

その後間も無く

化学流産で陽性反応を見たので

やっぱり私は不妊症じゃない、と

思いました。

 

それから6ヶ月は

ゴールデンタイムと聞いたので

毎月ワクワクしていました。

 

6ヶ月を過ぎた頃に

課のメンバーが

立て続けに転職、休職し

仕事が忙しくなり

妊活のことは

あまり深く考えないようになりました。

 

それよりも

仕事が辛過ぎて

転職活動も少ししていました。

 

そんな状況だったのに

親から仕事を辞めて妊活しろ、と

しつこく言われ

頑張ってきた仕事を全否定されたような

複雑な心境になりました。

 

転職活動はやめて

再び産婦人科に通うことにしました。

 

その結果

ミュラー管ホルモン検査で

残りの卵子の在庫が

30代後半の基準値と同程度ということが

分かりました。

 

病院の先生にも

妊活を急ぐよう急かされました。

 

その後

大切な身内を亡くし

さらに落ち込みました。

 

そんなこんなで

精神的に病んでしまい

仕事を辞めようとしたタイミングで

たまたま駆け込んだ心療内科

診断書を渡され休職することに。

 

仕事を休み始めた最初の月に

二度目の化学流産を経験しました。

 

この時は

かなり楽観的に捉えていて

やっぱり仕事を休めば

妊娠できるんだ、と思いました。

 

それから6ヶ月がゴールデンタイム…

と期待していたにも関わらず

結局

今月で6ヶ月経ってしまいました。

 

今では

すっかり自分が不妊症ということを

受け入れているし

最初は抵抗があった

人工授精も毎月挑戦しているし

そこまではやりたくない、と思っていた

体外受精にも挑戦する決意が固まりました。

 

でも、まさか

一年前には

自分が一年後に体外受精を決意しているなんて

夢にも思っていませんでした。

 

そのくらい

この一年で

妊活のための知識が増えたし

焦りもつのったし

積極的に治療しようという覚悟もできました。

 

あっという間だったけれど

人生は大きく舵を切ったし

劇的に生活が変化した一年でした。

 

できれば今月

妊娠してほしいと

祈りつつ

 

ちょうど生理予定日の頃に

体外受精の説明会に行きます。

 

来年の今頃の自分は

お母さんになれているのでしょうか。

きっとなれていると信じたいと思います。